世界一周
松 尾 清 晴 '98 Honda ワルキューレ 1500cc

5000mを越えるヒマラヤ山脈の峠5、6個を越えてチベットラサへ。西チベット、カイラス山のあとエベレスト、ベースキャンプ5200mについた。
指は骨折するは、セルモーターはきかないは、押しがけしてもらいエンジンをかけようやくたどり着いた。太陽の光をうけてエベレストだけがきらきら光り輝いていた。疲れはどこかへ吹っ飛んでいた。夜はヤクのフンをストーブで燃やして寒さをしのいだ。(2004年 9月25日)
![]() 赤道をまたぎ右足は南半球左足北半球、 地球の真ん中に立つ。 ブラジル |
![]() あこがれの喜望峰 南アフリカ(2008年1月1日) |


━:オートバイで走ったルート
2000年10月オランダ・スタート 〜2008年11月アフリカ
ヨーロッパ・中東・東欧・モスクワ・北欧
→アメリカ北・中・南・カナダ・アラスカ
→シベリア・モスクワ・中央アジア
→パキスタン・インド・ネパール・チベット →オーストラリア
→アフリカ
| ■氏名・出身地 | 松 尾 清 晴 1943年(昭和18年)10月15日生 現住所 さいたま市浦和区 出身地 佐賀県嬉野市嬉野町吉田両岩 |
| ■ホームページ | http://www.baikunomatsuo.sakura.ne.jp/ |
| ■好きな食べ物 | 1.青梅の塩漬 2.梅酢しょうが漬 3.マグロの赤身 アルコール→何でもこい(ただ酒には強い。) モロッコでは飲めなかったが、他の国では毎日毎晩。 ●旅行中の食べ物 ・現地の食べ物でOK。 ・ほとんど毎日玉ねぎの生と肉だけで過ごした。 ●旅行中うまっかたもの 1.アマゾンのピラニアの刺身はわさび、醤油で食べたら絶品の味でした。日本の天然の鯛以上。 2.アルゼンチン、ウスアイア、上野亭でごちそうになったウニ丼。 |
| ■好きな言葉 | 普段のままで(なかなか出来ない・・・が)。 |
| ■性格 | まじめさを装いながら本当はグウタラで助平。 |
| ■出発前の職業 | 国鉄職員。JR移行時、専務車掌から売店の売り子への降職。窓際族どころか窓から落とされた軒下族となる。だからJR職員とは書きたくないのです。 |
| ■帰国後の職業 | 57歳で早期退職したため、現在無職。 |
| ■オートバイ歴 | 15歳から20歳 125ccに乗っていた。34年間空白。 54歳からツーリングに誘われて再び乗り出す。 |
| ■一番感動したこと | 1.フランスの凱旋門が目に入ったとき。「アー、ほんとにオートバイで来てしまった」と。 2.エベレスト、ベースキャンプにたどり着いたとき来れるとは思ってなかったので「とうとう来たーと」なんとも言えぬ充実感を味わった。 |
| ■すごかったこと | まっすぐの直線道路三日間走った。オーストラリア、ナラボー平原。 |
| ■ビスケット強盗 | ここはどこだー!? ・・‥……→ 病院だった。 ビスケット強盗!オランダのアムステルダムに着いたその日の朝、ユースホステルに向かって歩いていて、中年の男からビスケットをもらい食べた。気づいたら病院だった。大麻?入りビスケットだったのだ!被害日本円15,000円盗られた。 |
| ■こわかったこと | 1.スペインからピレネー山脈の山奥にある6万人の小さい国アンドラを越えていくとき。吹雪にあい、「完全に滑って病院行きを覚悟」ローギア、両足をつき、そろそろとスキー場を横目で通り過ぎて里に降り切った。もう緊張して身体がブルブル。 2.サハラ砂漠2000km10日間砂嵐で道が消えてしまい死ぬかもしれないと覚悟した。こわかった。 |
| ■交通事故 | アラスカで交通事故。キャンピングカーが急に左折、ヘリコプターで病院へ。頭10針、鎖骨骨折、肋骨10本、脇腹切開、入院10日。現在入院費用640万円の請求。2年間の保険に入っていてよかった。皆さんも海外保険に! あとインドでも走行車線で飛び出したオートバイに衝突。 |
| ■驚いた | 2001年9月11日ニューヨークビル爆破事件 2001年9月11日同時テロ爆破事件に遭遇。一時帰国しようと当日マンハッタンを6時前に離れてケネディ空港、ユナイテッド、サンフランシスコ行き9:15発の飛行機に搭乗していた。「ハイジャック」の放送で満員の客室の人々は一斉に立ち上がり、携帯電話で交信。もしかしたらテロリストが乗っていたかも・・・。飛びたっていたらどうなっていたのか・・・。隣のニューアークから飛び立った同じユナイテッド、サンフランシスコ行きは、途中落とされていたのを知って、ゾーッとした。 夕方歩いて行った現場は、白いホコリが至る所に積もって、救急車、パトカー等走り回ってすごかった。7日後に一時帰国した。 |
| ■世界の果てを見てみたい | 行けるところまで行ってみたい地球の果てに。 ・最高地点:5200mエベレスト(チョモランマ)ベースキャンプ(平均標高4000mチベット)(2004.9) ・最低地点:マイナス410mイスラエル、死海(2001.3) ・最北端 @アラスカ、プルドーベイ (2002.7) Aノルウェイ、ノールカップ (2001.7) ・最南端 @アルゼンチン、ウスアイア (2001.1) Aチリ、プエルトウィリアムス (2001.2) B南アフリカ、喜望峰(正式最南端はアグラス岬)(2007.1) |
| ■びっくりしたこと・怖かったこと・こまったこと・恐ろしかったこと | ・マリファナ入りビスケット強盗 (オランダ) ・吹雪のピレネー山脈越え (アンドラ) ・雪で転倒 (トルコ) ・砂漠でエンスト (ヨルダン) ・9.11ニューヨーク同時ビル爆破に遭遇 (ニューヨーク) ・交通事故、ヘリコプターで入院 (アラスカ) ・50度cの灼熱に負けるものかと必死の覚悟 (インド) ・平均標高4000mのチベット、川に橋なし、ジャリ道ばかりで転倒、指骨折まいった! (中国) ・シベリア横断モスクワまで一万kmの半分5000kmじゃりみちに降参! (ロシア) ・渓谷、落石ひんぱんなフンザ地方、スストの中国国境までおろおそろしや (パキスタン) ・サハラ砂漠の砂嵐の砂で道が消える、もしかしら死ぬかもと死を意識「蛍の光」を歌って走った。 (アフリカ、西サハラ) |
| ■どこがよかった・感動したところ | ・地球じゃないのではと、ぞくっと別世界を感じた大自然のノルウェイ ・6千、7千メートルの山に囲まれた月夜はナベ底にいるような感じになった。フンザ、カリマバードのパキスタン。「風のナウシカ」の舞台とか? ・チベットの景色は他のとは違った。 |
| ■感動したところ | @ フランス凱旋門 Aエベレストベースキャンプ 「あーほんとにオートバイできてしまった」と感動した。 |
| ■居心地のよかったところ | 居心地のよかったところ(アルコールなど安くて、うまくて、暖かくて、自由で、のんびりできて) 順不同 ・カトマンズ(ネパール)ステーキ1kg400円ぐらい。ビール大120円。ホテル200円ぐらいから。 ・ブルガリア(ブルガリア)日本と同じわらびが出そうな感じの風土。 ・エルサレム(イスラエル)まったく自由だったけど、今はー。 ・クリシイ、ユースホステル(フランス)肉、ビール、ワイン1日800円プラス宿代2000円で一日3000円。1年以上住んでる人も居た ・サンパウロの他どこでも(ブラジル)明るく、陽気、親切 だった。 ・ウスアイア(上野山荘)(アルゼンチン)日本人宿だったのでいつも日本人がやってくる。楽しかった。 ・ラワルピンデ、カリマバード(パキスタン)親切さに動けなくなった。4ヶ月ぐらい滞在した。 ・ウランバートル(モンゴル)陽気であかるいキャンプでたのしかった。 ・釜山(プサン)(韓国)魚市場の屋台はたべものが安くておもしろかった。 ・ケニア(アフリカ)毎日日本語で冗談ばかり飛ばしてすごした。 ・ケープタウン(アフリカ)暖かくて肉が安くうまかった。 |
| ■ラジオ出演、新聞掲載 | NHK地球ラジオ:トータル2年ぐらい NHKラジオ深夜便:4回 その他、ラジオニッポンなどに出演 各紙新聞にも掲載多数 |
| ■走り終わって思うこと・旅費は | 振り返ると自分でもよく走ってきたなーと思う。 一日5000円で計算 一年180万円×6年=約1000万円 |
| ■ツーリングの秘訣 | なるようにしかならない 時間が解決してくれる 「臆病であること」時には「くそ度胸」 |
| ■次に予定しているツーリング | 自分のオートバイでは今もまだ走れない中国本土。走れるようになったらシルクロードを抜けてパキスタン国境まで走ってみたい。 |
![]() 砂嵐で道が消え死ぬかと思った 西サハラ |
![]() 象が突然現れる ボツワナ |
![]() モザンビークの人々 |
![]() ニジェールの子供たち |
![]() 1万5千人女の踊りは圧巻だった。 スワジランド |
![]() ニジェールの家 |
![]() 「フーフー」とゆう食べ物は餅と同じでうまかった。 ガーナ |
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![]() カイラス山 西チベット |
![]() バスみたいなキャンピングカーと交通事故 アラスカ |
![]() アゼルパイジャンから これから向うグルジアの国境 |
![]() ニカラグア(中米) |
![]() 戦争反対 イラク攻撃10日前 |
![]() 日本人宿 上野山荘の五右衛門風呂 アルゼンチン・ウスアイア |