『スペイン&モロッコ』ツーリングレポート

ツーリング期間:2008年12月2日〜12月14日(日本〜スペイン間の空路は除く)
報告者:シーマンさん
使用したバイク:ホンダXL650Vトランザルフ(道祖神にてレンタル手配)
形式:スペイン(マドリッド)のレンタルバイクを利用したツーリング。
 


 昨年の12月、レンタルバイクでスペインとモロッコをツーリングしてきたので、その時の様子をまとめてみました。筆無精、PC無精(じゃ無くてPC音痴?)である私のレポートですから、期待はしないで暇潰しに、位の気持ちで読んで下さい。
 行った事のある人には、特に目新しい話は無いかも知れませんが、当時を思い出してみて下さい。又、これから行こうとしている人には少し位は参考に成ってくれれば、と思い作ってみました。


主な走行ルート:12/2  マドリッド発
                ↓
                コンスエグラ(風車と城跡の見学)
                ↓
                コルドバ泊
           12/3  メスキータ及び市内観光
                コルドバ泊
                ↓
           12/4  コリア・デル・リオ
                ↓
                アルヘシラス泊
                ↓
           12/5  フェリーにてタンジェへ
                ↓
                フェス泊
           12/6  メディナ(旧市街)観光
                フェス泊
                ↓
           12/7  エルラシディア泊
                ↓
           12/8  リッサーニ
                ↓
                メルズーガ泊
                ↓
           12/9  カスバ街道
                ↓
                トドラ峡谷
                ↓
                ワルザザード泊
                ↓
           12/10 マラケシュ泊
                ↓
           12/11 カサブランカ
                ↓
                ララシェ泊
                ↓
           12/12 タンジェ
                ↓
                タリファ
                ↓
                ジブラルタル
                ↓
                マラガ
                ↓
                エルモルチェ(マラガの東約40キロ
                の海沿いに有る小さい町)泊
                ↓
           12/13 グラナダ(アルハンブラ宮殿見学)
                ↓
                カンピロ・デ・アレナス(グラナダ北
                約50キロ)泊
                ↓
           12/14 マドリッド着

 11月30日深夜にマドリッドのホテルに到着。そのホテルのロビーにあったテレビでは、ドラゴンボールが放送されていました。但し、悟空が何を言っているのか理解不能(スペイン語は結局、簡単な挨拶程度しか覚えてこれなかった為)
 
 翌12月1日はバイクを受け取り試運転がてら市内観光。の、つもりでしたが、レンタルしたショップ”ハッピーライダー”の奥さんに、トレドなら日帰りで行ってくるのに丁度良いかも、と言われてGO!
 正解でした。映画に出てきそうな白い壁の家々に石畳の細い路地。一人で、スピークラーク。と呟きながら(似た様な土地で撮影されたラークのCMが、昔有った様な気がします)。 
 
 2日 出発前にハッピーライダーのホセと記念撮影後、マドリッドを発ち南へ。コンスエグラの風車も又、映画の中の世界。ここもお勧め。その並びにある城跡に2ユーロを払って見学しましたが、日本以外の国で城に入ったのが初めてと云う事もあり、けっこう感動。個人的お気に入りスポットに。只、後で入場券を良く見ると、スペインの城と書かれているだけなので、城の名前が分かりません。
 
 その後、コルドバまで進みましたが、マドリッドからこの間は荒涼とした大地、みたいな景色が続きます。高速の走行車線を制限速度の120キロで走っていると、他の車がガンガン抜いていきます。気持ち良さそうで、ちょっと羨ましいけど、そう云うバイクじゃないし、それでは景色を眺められないのでマイペースを維持。
 
 翌3日朝、メスキータへ。朝早く入れば無料なので、早起きして行く事をお勧めします。ガイドブックには10時までに入れば良いと記載されてました。線香の臭いが印象に残っています。夜間はライトアップされて幻想的な雰囲気を醸し出しているので、それも又、一興かも知れません。

 メスキータを出て、廻りを徘徊していると遠くに、”EROSKI”と書かれた大きな看板が。直訳?すると、”エロ好き”となり、一体何屋なんだろう?と好奇心が膨らみましたが、只のスーパーの様です。この後も何度か同じ看板を観る事になりました。
 それとか、レストランなのに、食べるな(Taberna)なんて店も。この時ばかりはスペイン人がちょっと理解出来なくなりました(苦笑)。
 写真の様な古い車が走っていたり(でもきれいですよね)。可愛らしいセニョリータがお洒落な格好でボロボロの車を運転していたり。日本ではあまり見慣れない光景ですね。とても面白い街でした。

 4日 朝、ホテル近くのバルで朝食。朝からガッツリ食べる人にとって、こちらの朝食はちょっと物足りないでしょう。
 それでも、店を出る時には旅の会話集を見ながら「良い一日を」と、苦しみながら挨拶。すると店の親父だけでなく、横に居たセニョール達が途中から一緒になって言ってくれ、何か小さな幸せを感じました。スペイン万歳!!

 この思いを胸に、コリア・デル・リオと云うセビーリャの南南西20キロ程に在る小さな村に向かいました。
 ここは、時を遡る事約400年、伊達正宗の命により支倉常長と云う当時の武士でしょうか、その人達が訪れた箇所らしく、グアダルキビル川沿いに銅像が建っていました。この村には、その末裔が暮らしているそうです。

 暫く付近をバイクで徘徊していると村の入口の直ぐ近くに漢字名のレストランを1軒発見。さっき通った時は気付きませんでした。中華料理屋っぽかったのですが中に入ってみると・・・中華料理屋でした。すんません、オチが有りません。結局、日の丸の看板が2個程有った他には、街中で日本語やその様な顔立ちをした人を見掛けることは無かったと云う顛末です。この日の丸の看板の内1つは、雑貨屋の様でしたが、シャッターが降りていました。もう一つは看板に電話番号が書いてあり、旅行関連みたいな感じでした。どうしようか考えましたが、のんびりし過ぎると先に全然進めないので、この街を後にし、更に南へ。 
 
 5日 アルヘシラスからフェリーでモロッコのタンジェに渡りましたが、乗船前にターミナル入り口で係員みたいな人に、「俺はチケットを未だ持っていない」と言ったら、目の前のチケット屋に連れて行ってくれ、そこで購入。その後、しっかりチップを要求されると云う私の白帯っぷりを見事に発揮。
 道路沿いにチケット屋の看板が沢山並んでいたので、自分で買えば済んだのに・・・
 先程のターミナル入口で、前の車が係員みたいな人にチケットらしき物を見せていた為、ここから先はチケットを見せないと進入できないのかと思い、釣り上げがられてしまいました。その奥にターミナルビル(多分)が見えているのにも関わらず。
 旅慣れた人達にはこの様なことは無いのでしょうが、私の様に経験が浅いと、言葉が今一良く理解出来ず、何となくの理解でそのまま流れていってしまう。こう云う事が有るのではないでしょうか。落ち着いていれば、引っかからないと思うので、やはり時間と心にゆとりを持って落ち着いて考え、行動すると云うのが肝なんでしょうね。
 
 フェリーの中では引ったくりなどに注意していましたが、大丈夫でした。むしろ、思いっ切り無防備な格好で寝ている人が結構居て、超平和呆けした私が他の人の心配をする程でした。
 船内には、しっかりとメスキータが在り、成る程と思わされました。

 フェリーだけで無く、スペイン国内でもそうだったのですが、スペイン人の体格は日本人と変わらないのに、何故か小便器の位置が高かったのが気になりました。足が長いのか、見栄っ張りなのか、その辺りについては謎です。情報お待ちしています。
 その他、船内には個室の壁に窓の付いた展望便所なんて洒落た?モノが在りました(326)。元々は曇りガラスに似せた様なフィルムが張ってあったみたいなのですが、剥がれたのか、剥がされたのか、殆どフィルムが残っておらず、中々の眺望でした。女子便所については未確認(と云うより確認不可)の為、どの様な状態なのか分かりません。
 
 フェリーで他の乗客と話をしていて日本人だと言うと、「おおっっ!! ジャッキーチェン!!!」と言った後、ジャッキーになりきる若者が居ましたが、この時、真実を伝えるべきか迷いました。彼の満面の笑みを見せつらけると、違う、の一言が言えません。断腸の思いで本当の事を言うと、「何だ、違うのか(笑)」。モロッコに渡ってからも同じ様な人に会いました。ナカタ、ナカムラ、と云う本当の日本人の名前を言う人も何人か居ましたね。
 
 船内での出入国手続きは問題無くパス。
 タンジェに着いた時の街の印象は、賑やかで、何かゴチャゴチャした感じを受けました。でも、それは不快では無く、活気が有ると言った方が正しいのかも。街中の車がクラクションを鳴らしまくっているのが理由の1つなのでしょうか。
 道のアチコチから人が渡ってきたり、車は縦横無尽に走っている、そして、この国でも日本企業の看板が。
 初めて眼にするアフリカ大陸に言葉で言い表せない高揚感を覚え、これがモロッコなのだと一人悦?に浸り、キョロキョロ脇見運転をしながら進みました。と云うより廻りを注視していないと、どこから何が出てくるのか分からないので。一見無秩序の様にも取れますが、状況判断さえシッカリすれば、以外と安全なのかな?と思ったりもして。
 
 街の中心から外れて直ぐ、ガソリンスタンドに入ると、BMW-GS850の白バイが止まっており、中にはお茶して(サボって)いる警官の姿が。
 海外で白バイ隊員に会った時、私は先ず、ナイスモーターバイク!!と親指を立てて褒める事にしています。そこから会話が始まります。英語が少し通じる様だったので、自分が日本から来た侍である事、これからフェスに向かう事など、そんなに深い話ではありませんが、兎に角モロッコに着いて最初の話し相手でした。
 ここではアッシャ(harcha)と云うホットケーキみたいな物にチーズを挟んだ軽食を取りましたが、中々美味しかったです。
 最後に警官に写真を撮らせてくれと頼みましたが、きっぱりと断られました。それはそうですよね。自分がサボっている証拠写真の撮影を快諾してくれる筈はありません。それならバイクを、と言ったところ、今度は少し考えましたが、やはり駄目でした。1枚だけ。とか、もう少し粘ってみれば良かったかな、と云う気もしますが、急いでいた事もあったので、別れの挨拶をし、南へ走り始めました。
 
 フェス到着前に完全に暗くなってましたが、当地での観光、その後の日程等を考え、無理して走る事にしました。ところが、この国では歩道の無い幹線道路を、多くの人や自転車、馬車、等々が夜間でも通行している為、あまりペースを上げられません。やはり暗くなったら走らない。このセオリーは守るべきでしょう。
 途中、ガソリンスタンドに併設されているレストランで晩飯にケバブを食べましたが、絶品でした。少年が炭火で焼いてくれたのには妙に感動して、思わず「おお!!炭火焼きだあっ」、久し振りの日本語を発していました。スパイスが利いていて、私の味覚にジャストミート。この先も何度かモロッコでは食べる事になります。
 
 夜遅くようやくフェスに到着(正確な時間は忘れてしまいました)。旧メディナの中に在る1泊120ディルハム(この時のレートをチェックしていませんが、1500円位でしょうか)の安宿に宿泊しました。普通のホテルに比べたら半額位なのですが、後でガイドブックを見ると、安宿にしては高い事に気付きました。
 この宿に出入りしている現地人に2時間250ディルハムでメディナをガイドしてやると持ち掛けられましたが、ガイドブックに相場は150位と書いてあったので、粘って150で落札?に成功。でも、お金を払う価値は有ったと思っています。一人で迷路の様なメディナを歩いたり、ガイド無しでは入れない所まで見学出来たので、初めて此処を訪れる人にはガイド付きの観光をお勧めします。

  この街での細かい話は難しいですね。それを言ってはお終いだろ、と言われそうですが、やはり実際に行って雰囲気を感じるのが一番です。人やらロバやらが行き交う狭い路地。香辛料やロバ(多分)の糞らしき臭い。巧く伝えたいのですがね。
 只、ガイドと入った地元人しか行かない様な本当に小さな食堂で食べたランチは滅茶苦茶旨かったですよ。ここでもケバブを食べてしまいました。ミントティーは砂糖を入れないと、ちょっと・・・でしたが。
 結局、昼には出発する積もりが、気に入ってもう1泊してしまいました。

 7日はアトラス越えとなりましたが、当初心配していた雪も無く、スムーズに通過できました。尚、アズルーで無くセフルーを経由するR503と云うルートをチョイスしました。

 エル.ラシディアに夕方到着し、目星を付けていたホテルに行こうとしたが見つからず、道路脇に居た警官に聞いても分からない様子で、その時、近くに居た男が直ぐ近くに良いホテルが在ると云うので行ってみました。
 ちょっと高そうなホテルでしたが、フロントで聞くと1泊300ディルハムと部屋の割にはそれ程高くは有りませんでした。しかし、もう少し安い部屋は無いのかと聞いてみたところ、別に値切るつもりでは無かったのですが、250で良いと言われました。

 今日は暗くなる前にちゃんとホテルに入れました。が、しかし、シャワーを浴びようと服を脱いで、バスルームに入ったのですが、お湯をひねって5分(位に感じました)経っても水のまま。
  フロントに文句を言いに行こうと思い、蛇口を閉めた所、スピンドルが折れて水が吹き出してきました。部屋中、フルチンのまま元弁を探しても見つかりません。急いで服を着て、フロントへと状況説明に行き、部屋の外部にある元弁を締めて貰い解決。と思ったのですが、いつの間にか人が集まっていて大騒ぎ。スタッフが落ちている蛇口を拾って、「この材料は銀だから高いんだぞ〜(笑)」って、そんな訳は無いだろ。ホテルのボスは、「手を見せてみろ」と、私の手を取り、「この手で壊したのか、この手で?」と言いながら大笑い。

 これは既に折れ掛かっていた筈です。弁償させられる事も無く部屋を移り、野次馬に物を撮られる事も無く、この問題は無事解決しました。   
 只一つ、水が出ている状態で写真を撮らなかった事は残念です。冷静に考えれば、それ位の時間は有ったのですが、砂漠に近い土地では、水は非常に貴重な物ではないかと思い、少しでも早く水を止めようと必死でしたから。

 その後、今度は暖かいシャワーを浴び、ホテルのレストランで夕食を取ることに。この時のスープがハリラーと云うもので、久し振りに暖かいスープを飲んだ気がしました。実際は全く違うかも知れませんが、この時の私には何だか日本の味噌汁に似た味の様に感じました。お勧めです。
 写真の真ん中のおじさんが持っているのはモロッコの原住民ベルベル人の楽器だそうですが、名前を聞いてもメモしてなかった為、名前が分かりません。
 この後は更に南へ。

 8日 昨夜のホテルを紹介してくれた男の仲介で、エルラシディアから100キロ程離れた街、リッサーニからメルズーガまで4駆での1泊ツアーに参加。メルズーガには昼過ぎに着いて、ガイドや他の観光客とコミュニケーションをとってから周辺をふらつき、ラクダで砂丘へ。砂丘のテントで泊り戻ってくる。朝、晩の2食付き。これで1250DH。
 
 以下はメルズーガでの写真の解説

2人はホテルのスタッフと云うかキャメルライディングのガイド。左の2人はイギリス人観光客。
モロッコではこの手のバイクを良く見かけました。
今回のガイド、ユセフ。夜は2人でお互いに怪しい英語でナゾナゾなどしたりしました。
コンビニ?のおじさん。
ジャパニーズトラデーショナルダンス泡踊りを披露。
世界の便窓より

 メルズーガにホテルは何軒も有り、バイクで行く事も可能な為、そうすればもっと安く済ませられたのでしょうが、ガイドは皆陽気で(暗いガイドって存在するのか?)、とても楽しかったので、自分では納得しています。

 9日 リッサーニに戻りカスバ街道へ(写真はリッサーニ出口、反対から見ると入り口)向かいました。アトラスを下り、このルートに渡ってからは情報提供者のhypericumさんが言っていた様に、景色が変わってきていました。乾燥し、あまり木の生えていない山の合間にオアシスとその廻りに家々が並ぶ。人にとって如何に水が大切なものかを痛感させられる光景でした。

 途中で街道を右に折れ、トドラ峡谷へ向かいました。地図を見ると、西側にあるダデス峡谷に繋がってカスバ街道に戻れる様なので行ってみる事に。暫く走っていると、反対からモトクロス軍団が。「この先は雪で通れないぜ!」この連中が無理と言うなら間違いは無いのですが、その雪景色を見ようと更に進みましたが、フラットダートの道幅が狭くなり、ガレてきたので、それ以上進むのは止めて、向きを変えられるところで引き返しました。後で地図を良く見ると、その先には3000M級の山々が連なっていました。途中までの景観や道は中々の物でしたが、そこの写真が無いです。すみません。

 下調べをしてからアタックしたら、ひょっとしたら凄い景色を拝めるかも知れません(注:私の勝手な想像です)。先程の軍団は空荷で皆プロテクターを着けていました。彼等に道路の詳しい状況まで聞いてなかったので、申し訳有りませんが、これ以上の情報は有りません。
 ここまで進んでから引き返した為、またもや遅れる羽目に。残りの日程を考えるともう少し進まねばならず、ワルザザードに着いたのは、夜がすっかり更けてからとなりました。

  ここで利用したホテルのボス、マスタファはとても親切な人でした(写真の右の人)。1階のカフェで晩飯を食べようとしたのですが、そこで食事は出来ず、これから外に行くのもなあ、と思っていたら、ちょっと待ってろ、何か用意させるから、と言い、ケバブを出してくれました。お金を払おうとすると、いや要らない、ギフトだ。なんて返事が。この国では何かをしてもらったら金を払うのが当たり前だと思っていたので(それが悪いのでは無く)、正直これには驚きました。日本に帰ったら、このホテルを友達に紹介します。と言ったのでここに記載します。
 
 Hoteru Al Warda Place3 Mars Ouarzazate
 Tel 062-13-11-97  Fax 024-88-64-44
 E-mail:bbastophe@hotmail.com
 1泊220ディルハム(2部屋)バス、トイレ、キッチン付き ベッドが4つありました(そんなに要らないけど) 
 ホットシャワー 
 暖房設備:壊れてました(でも、毛布でOK)
 駐車場:無いけど空き倉庫みたいな所に入れてくれた。最初はロビーの奥に入れろと言われたが、650ではドアで引っかかってしまうので、先述の倉庫へ。  
 その他、4駆で砂丘へのツアーも行っている(手配)そうです。
 
 10日 マスタファにお礼を述べてから今度は進路を北に向けました。アトラスのワインディングは気を付けて運転しろよ、とマスタファに言われましたが、ここではそれよりも雪でした。最初の内は轍をトレースしながら走りましたが、段々とそれが無くなってきました。幸い凍結箇所は有りませんでしたが、途中でバイクを止めて写真を撮るのは迷った末、止める事に。見通しの悪い所でしたし。結果、この様に雪が少ない所での写真だけになってしまい、ちょっと残念。
 山を下り始めて、雪が無くなってくると、又、少し景色が変わってきました。土の色が少し赤茶っぽいのです。今まで走ってきたルートとは地質が異なるのでしょうか。色々な顔を持つ国ですね。
 山を降りると直ぐマラケシュに到着。まだ日も高かったのですが、キリの良い所で今日はもうここまでとし、休む事にしました。
 
 翌11日は、カサブランカ経由でタンジェに向かいました。マラケシュを過ぎてから、今までモロッコでは見た事のない緑の草原(は、ちょっと大袈裟ですが、それ位に感じました)が!!久し振りに緑の大地を目の当たりにし、ちょっと萌えてしまいました(本当です)。
 距離的には余裕を持っていたつもりなのですが、カサブランカの街中で暫くうろついていた為、有料道路を使ったにも関わらず、暗くなってからのララシェ到着。冬場で日が短い事も有り、又、高速を使っても100キロ以上での巡航だと寒くてどうしても休憩が増えてしまい、中々距離を稼ぐ事が出来ません。でもまあ、此処まで来ておけば取り敢えず14日にはマドリッドに戻れるので、気持ち的には余裕が出来ました。

 12日、今度はタンジェからタリファへ高速艇で渡り、下船準備をしている時にタリファ在住のライダーと会いました。休暇で2ヶ月!!モロッコを走っていたそうです。西サハラ良かったぞ〜と言ってました。もっと早く船内で会っていれば、色々話せたんですけどね。
 僅か35分でタリファに到着。最初から決めていたジブラルタルへと向かいました。ここでも、道草し過ぎてしまいます。若い頃の私なら、サクサクっと観て(観ないで?)次に進むのですが、最近はゆっくり観光する様になりました。
 
 簡単にジブラルタルの紹介をしておきます。
 イギリス領と云う事で左側通行だと思っていましたが、右側通行でした。入る時にパスポートを提示(見せるだけ)。出る時は係員が立っているものの、ほぼ素通り。
 ユーロは使用可能で、お釣りは基本的にはユーロで戻ってくるみたいです。そうでない場合はジブラルタルポンドで帰ってきます。自販機ではどちらも受け付けますが、お釣りはポンド。ってな感じでした。
 中腹辺りまでは無料で通行出来ますが、それ以上は11ユーロ程の通行量が必要となります。それでも頂上までは行けなくて、頂上を目指すには麓からロープウエイの使用となります。バイクで途中まで登ると、途中から徒歩しか有りません。
 駐車場にバイクを停め、鍾乳洞を見学、その後で猿の交尾現場に遭遇しました。急いで首に提げていたカメラの電源を入れましたが、シャッターを押す前に終わってしまい、間に合いませんでした。三擦○半と云うのはガセで有りません。後一歩で決定的瞬間を逃し、写真の難しさを痛感した出来事でした。
 
 夕方、更に東へと向かい、グラナダの近くまで進みます。ドイツでもそうでしたが、欧州のホテルは鍵付きの車庫(ガレージ)を備えているのが一般的な様ですね。

 13日はアルハンブラ宮殿を観光。無料で入場可能な地獄の門より入りましたが、これだと観れる箇所がかなり限定されます。結局入場料12ユーロを払って、見学し直す事に。ローシーズンで有った為、すんなりと入れましたが、入場規制に依り、ハイシーズン中は並ぶ事になる様です。

 最終日の14日。この日もフリーウェイを走っていると猛烈に寒く、マドリッド到着100キロ程手前の箇所では霰が降ってきました。それでも午後2時位にはゴールして、未だ行ってないカルフールで軽くショッピング。写真撮影を忘れてしまいましたが。その代わり、隣に有る噴水広場でパチリ(1134)。
 
 この後、旅の相棒トランザルフを洗車して、返却となります。ハッピーライダーに戻り、旅の報告とお礼を述べて、最後の晩はホテル近くのバルでスペインのビール「マオウ(Mahou!?だったかな)」を飲みながら、今回の旅を振り返りました「あ、あれをしてない、あそこに行ってない・・・ じゃあ、又来ようか」

 
 ツーリングレポートと云うよりもB級観光案内?みたいになってしまいましたかね。難しいです。
 ツーリング情報と云う観点では、今回のルートでは走行困難だとか、危険地帯と云う箇所も無く、治安面でも特別問題無かった為、特記すべき点が見当たらないと云った所でしょうか。
 強いて挙げれば、本文中にも有りますが、冬季は両国共、状況によっては雪で通行不可の箇所が出てくる可能性が有ると云う事。
 その他モロッコのガソリンスタンドではカード使用不可の所が多かった事(大都市を除く)に付け加えて、ATMではCirrus、PLUSどちらのキャッシュカードも使えなかったり、同じCirrusで片方が駄目でも、もう一方は良かったり。と云う事が何度か有りましたので、やはり多少の現金は必要だと思います。ホテルに至っては、大きな街でもカードが使えなかったりしましたから。
 スペインでは有料のアウトピスタを使わなくても、無料のアウトビアでも充分であろう。と、こんな感じでしょうか。

 次回からはグレードアップしたレポートが作成出来る様勉強しますので、今回はこれで勘弁して下さい。

 情報を下さった皆さん、どうも有り難う御座いました。